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Selfishly

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久遠の輪舞(前編)第4章


 ~ Sotto voce《静かに、抑えた声で》~


           *オフ本よりのアップ



「准将、俺らはシンに渡るな」
 
 そう告げた声は、震えてはいなかっただろうか?
 出来るだけ平静さを装っていようと、決心してはいたのだが…。
 エドワードは目の前で、苦悶の表情を浮かべて、自分を食い入る様に見つめている相手を見ながら、
そんな事を考えていた。
 
 エドワードがロイに、この言葉を告げるのには、随分とかかってしまった気がする。
 本来なら、もう少し混乱期に乗じて、早めに告げなくてはいけなかったのが、
もう少し、後少しだけと引き伸ばしている間に、とうとう今になってしまったからだ。
 が、もうこれ以上の引き伸ばしは、無理だろう。
 明日の発表が終われば、ロイの存在はどんどんと大きく、強くなっていく。
 そうなれば、彼が自分たちの事を隠し通すのにも、無理が出てくるし、いつ暴かれるとも限らない。

 なにせ、自分たちは大罪の禁忌を2度も犯している、罪人なのだから…。


 前大総統が失踪し、軍内部での空席を狙っての暗躍が跋扈し始めた頃。
 秘密裏の事柄とは言え、前大総統の悪事を暴いて、追い詰めたロイの功績は大きかったが、
如何せん、ロイの地位では空席を狙うには、低すぎる立場だった。
 上を狙える地位にある将軍たちは、互いの失脚や有利になる人材を手中に収める為に、
密談や取引、足の引っ張り合いの醜い奔走を繰り返していた。
 上がそんな事に注力を注いでいれば、当然、軍の規律や秩序も乱れていく。
 そんな現状さえも、捨て置いたように我が身の立身に走り回る将軍たちを、
 少しでも軍の先を憂う者たちからは、柳眉を寄せて冷ややかな侮蔑と共に見られていた。
 国を守り、取り締まる軍が、内部の抗争に明け暮れていれば、末端の者たちに皺寄せがやってくる。
 組織力の弱体化は、それに対抗する集団を付け上がらせ、抑え切れていたものも抑え切れず、
 各地域のあちらこちらにと、勃発し、横行を繰り返しては、ますます治安の悪さを悪化させていく。
 勇気ある者の中では、そんな上層部に忠言をする者たちもいたが、
 まともな思考が出来なくなっている相手では、『鬱惜しい』の一言と共に、
 左遷、免職を実行して排除される一方だった。
 そして、有能な人材には、支部を超えての引抜まで仄めかしては、
 出来るだけ自分の有利な立場を築き上げようと躍起になっていた。

 当然ながらロイにも、相次いでの傘下に入るようにとの要請が舞い込んできていた。
 要請とは名ばかりの、脅し、強請ではあったが。
 そのどれにも首を振らずに、ロイはこの先に来る事を見越して、国の治安を守るシステムの復活にだけ、
 心血を注いでいく。
 四方の司令部内の団結力が弱まっているという事は、付入り易くなっているという事でもある。 
 今までなら、越境に近い行為だと止め立てされていた事も、権限をフル活動でこなしていけるようになった。
 おかげで、ロイの職務の忙しさは膨大にはなったが、それをこなし切れる優秀な部下達の
 存在もさることながら、各地の細やかな動きや情報を伝え、阻止してくれていた二人の兄弟の
 活躍があっての事だった。
 彼らの活躍は、軍とこの国の未来を憂えている者達を発奮させ、
 それらの人々と強いネットワークを結んでいく。 
 そんな楔の役目を果す彼らの存在自体が、大きく功を奏していく。
 
 そうして、空席が定まらないまま、季節が一巡してくる頃に、漸く強固な楔を打ち込み終わった土台を
 覆せる時がきたのだった。
 そして、それが彼らのタイムリミットでもある。
 
「明日の情報が公開されれば、漸くあんたの上への足掛りが動かせるようになる。
 そうなれば、俺らの仕事も終わりだ。
 これ以上、あんたの足を引っ張ると判って、傍に居るわけにはいかない。
 禍根の憂いは消し去っておかないと…な。
 
 さよならだ、准将…、いや、ロイ」

 この言葉を告げるのに、どれだけの想いを消し去らなくてはならなかっただろう。
 挫けそうになる程の痛みは、身の内側から悲鳴のように鳴声を上げては、
 エドワードの意志を潰しそうになる。
 それでも、湧き上がる感情の波を一つ一つ砕きながらも、この言葉を告げれたのは、
 この男の悲願が達成される姿を見続けたいからなのだ。
 自分達が果した誓いと同等の願いを抱くこの男が、ここに来るまでの間、どれ程の犠牲と、
 心身を削ってきたかを、エドワードは知っているつもりだ。
 そして、付き従ってきた部下達の信頼も。
 だから、自分一人の感情に振り回されて、多くの人々の願いを台無しにすることは…、
 決して、してはいけないのだ。
 自分たちが傍にいる限り、この優しい愚かな男は、守ろうとするだろう。 
 が、この先、ロイは上り詰めた先の土台が揺るがぬように、磐石の基盤を築いていかなくてはならない、
 大切な時期がくる。
 どこでどんな事が、彼の足を引っ張る事になるか、判らないのだ。
 上り詰めたとしても、彼の立場が安定するには、まだまだ時間は必要だ。
 そんな危うい時期に、秘密を抱えた自分たちを懐に収めたまま進むのは、危険極まりない。
 ロイの野望が達成する間近に迫った今、重すぎる荷物は捨てさせねばならない。 
 例え、自分の心を殺そうとも…。

 そして、その時が来たのだ。

 迷うな、迷わせるな。
 真っ直ぐ前を見ろ。 
 決して、相手に気取られないように、自分は毅然と相手を見返していろ。
 エドワードはそう自分に渇を入れながら、目の前で小刻みに身体を震わせている相手を見続ける。

「は、がね…、エドワード」
 苦しそうに絞り出された声は、溢れそうな感情を顕しているかのように、震えている。
 たった一つの小さな、名を呼ぶ声、それだけで…、彼が抱えている思いが伝わってくるのを、
 エドワードは静かな微笑を浮かべながら、受け止める。
 自分たちは決断して、覚悟をしたのだ。
『どんな事があっても、やり遂げて見せる』と。
 だから、これは来るべき分岐点なのだ。
 避ける事が出来ない…。
 なら、受け入れ、受け留めて、先に進むしかないのだから。

 『ああ…、そんなに力を入れたら、机に傷が付くのに…』
 エドワードはぼんやりとそんな事を、目の前に居る相手を眺めながら思い浮かべた。
 ロイは、エドワードの言葉を受け止めきれないのか、苦悶と悲嘆の表情を色濃く刻んでいる。
 机の上に投げ出された両の手の平は、何かに縋ろうとでもしているように、机の表面に食い込ませる強さで、
 虚しく掻いている。
 ガリッ ガリッ ガリッ
 と、嫌な音と共に、紅い朱線が机の上に小さな染みを作っていく。
 まるで、二人の涙の跡のように、点々と…。
 エドワードは無言のまま、自分が痛むように眉を顰めて、ロイが受け入れるまで待つ。
 エドワードがそうだったように、彼も自分の思考と、感情の歪の強さに苦しんでいるのだ。
 が、必ず受け止めれる時間がやってくる…、どれだけ辛くとも。

 紅く染まる手の平を、何度となく握り、開きして、襲う感情の波に耐えながら、
 ロイは声も無く啼いている。
 そんな相手の様子が、妙に曇って見えるのは、エドワードの瞳も同様に、抑え切れなかった感情が、
 雫となって零れているからだろう。
 
 悠久の狭間を流れる時の残酷さを感じながら、ロイはゆっくりと顔を上げ、
 深い悲嘆を湛えて揺れる瞳を、エドワードに向けてくる。
 それと同じ瞳を自分が浮かべているのを感じて、エドワードは固く瞼を閉じる。
 そして、次に開いたときには、ゆっくりと、ひっそりと小さな笑みを相手に贈る。
 深く、重い吐息が短く吐き出されると、ロイはゆらりと立ち上がり、エドワードへと腕を伸ばし、
 固く痛いほど強く掻き抱く。
「必ず、戻してみせる。 必ずだ……」
 血を吐くような想いで語られたであろう言葉を、身体に刻みながら、
 エドワードも応えるように願いを告げる。

「うん…、判ってるから…待ってるから、俺も」

 そう、愛しい男に…。



 ~Ave Marea《天使祝詞》~


 
 エドワード達が悲願を叶えたのは、ロイが庇護できる年齢のギリギリになろうとしていた頃だった。
 暫く消息が途絶えた事を、皆して焼きもきしていた処に、突然の来訪者が、ロイの司令室にやってきた。
 
「失礼します」
「ちは~」
 見慣れない二人連れの、物慣れた来訪に、周囲のメンバーがギョッとした視線を集中させる。
「もう、兄さん! 久しぶりの挨拶なんだよ? もうちょっと、きちんと出来ないの!」
 もう一人より、少し小柄な少年が、隣の少年を叱り付ける様子に。
「お前ら…もしかして…」
「あなたたち…」
 異口同音の呟かれる声の上がる中、注目の少年たちは、照れくさそうに互いを見合いながら笑い合い、
 視線を皆に返してくる。
「ご心配かけました、アルフォンスです」
 ペコリと礼儀正しいお辞儀をしてくる少年の声は、確かに以前聞いていた声を思い出させる。
「えっ~と…、ありがとうな、無事に戻れたから…さ」
 高揚している為か、頬を赤らませながら、照れくさそうに鼻の頭を掻いて、そんな事を告げてくる少年は…、
 以前の見慣れた容姿とは違っていたが。
「お前ら…。 そっか、そっかー!  とうとう、やったのか!!」
「お、めでとう…よかった・・良かったわね…」
「いやっほぉー」
 おめでとうの祝辞の嵐の中、もみくちゃにされ、二人は喜びを噛み締めていた。
「痛い、痛いって、少尉~」
 と、囲われた腕の中で、バタバタと暴れ回る少年の手は、両方とも生身の手だ。 
「馬~鹿! 痛いようにしてんだ、痛いに決まってるだろうが」
「酷い~」
 笑い声を上げながら、暴れている二人を嬉しそうに眺めながら、片側では、目尻を拭うホークアイを、
 懸命に慰めているアルフォンスがいる。
「本当に…良かった…。 あなた達ったら、全然、連絡もくれなくて…」
 涙で声が詰まりながら告げられる言葉に、アルフォンスはしきりに謝り、頭を下げている。
「すみません、本当に、ごめんなさい。 連絡出来れば良かったんですけど、僕の身体が回復しない内は、
 なかなか出来なくて…」

「エド、アル、お前ら…本当に凄い奴らだぜ」
「エドワード君~、アルフォンス君~」
 人の良いフュリーがおいおいと泣くのにつられたように、エドワードもアルフォンスも眦を紅くする。
 そして、ここに居る人達全員に、深い感謝の心を向ける。
 彼らが二人にくれたものは、兄弟の願いを叶える糧となった。
 厳しい現実に打ちひしがれながらも、戻れば黙って受け止め、信じて待っていてくれた彼らは、兄弟にとって、
 かけがえの無い存在だ。
 自分たちさえ信じられなくなる時にも、そんな二人を信じて、力を貸し、声無き声援を送り続けてくれた人達。
 二人は伝う涙を拭うのも忘れて、深く頭を下げる。
「ありがとうございました。 本当に、皆には言葉に出来ないくらい…」
「ありがとうございました」
 下げた面から床へと、綺麗な雫が水溜りを作っていく。
 この少年たちの涙を見たのは、本当に久しぶりの事だった。
 入りたての頃に、自分の無力に涙した姿を境に、子供は泣か無くなったからだ。
 そして、弟は泣けない身体だったのだから。
 少年たちが頭を下げている周囲では、鼻を啜る音が響き渡り、頭や背、そして戻った生身の身体に、
 優しげに、労うように彼らの手が触れていく。
 そうして暫くして、自分の顔を腕で拭うと、少年は顔を上げて、周囲を見回している。
 そんな彼らの行動から、ホークアイが察して、隣の部屋を指してやる。
「大佐は中にいらっしゃるわ。 行って上げて頂戴」
 その言葉に、二人して強く頷き返すと、ゆっくりと進んでいく。
 これからの自分たちの決意を伝える為に。

 コンコンコン
 
 礼儀正しくノックされる音を聴きながら、ロイは深い思いから目が覚める。
 そして、万感の思いを込めて、声をかけてやる。
「入れ」
 その言葉に従い、姿を表した二人を、眩しい思いで眺める。
「間に合ったようだな」
 短い応えに、エドワードが短く返す。
「ああ」
 その答えに、ロイは満足そうに頷いてみせる。
「よくやった」
 たったそれだけの短い言葉だった。
 でも、エドワードにとっては、皆が与えてくれた以上の喜びを与えてくれる言葉だった。
 言葉も無く立ち尽くす二人に、ロイは気を緩めて話しかけてくる。
「こちらに来てくれないか? 君らの偉業を、良く見せてくれ」
 その優しい呼びかけにも、声も出せないで立ち尽くす兄を、アルフォンスは優しく背を押しながら、促してやる。
 ロイは目の前に立つ二人の少年を、じっと見詰める。
 弟は、想像していた通り、優しげな風貌をしていて、彼の性格に良く合っている。
 声は以前の声よりも、更に良く通る声で、それも彼には非常に似合っていると思わせられる。
「始めましてだな、アルフォンス君?」
 肩に手を置いて、少し屈んで自分を覗いてくるロイに、アルフォンスは泣き笑いの表情で、何度も頷き返す。
「はい! 初めてです! 大佐…、ありがとうございました!!」
 明るい茶がかかった大きな瞳は、嬉し涙で輝いている。
 そして、ロイが視線を巡らした先には、先ほどから難しい表情を緩めないエドワードが、
 睨むようにしてロイを見つめている。
 ロイは、そのエドワードの表情に、優しい笑みを返すと、そっと静かに彼の右手に触れて、
 恭しく捧げるように持ち上げる。
「始めまして、鋼のの右手君」
 茶目っ気溢れた言葉を、ウィンク混じりに告げてやると、エドワードは一瞬、大きく瞳を瞠ったかと思うと、
 ボロボロと大粒の涙を溢れさせていく。 
 そんな様子のエドワードを、ロイは優しく抱きしめてやる。
「よくやった。 よく頑張り通したな」
 ロイが懸けてやる言葉に、何度も頷いては、ロイに強くしがみ付いてくる少年に、
 感じたことのない思いが込上げてくる。
 抱きしめれば、すっぽりと納まる小さな身体のくせに、彼の精神は強靭だ。
 運命を変える為に、神をも敵に回して闘うほど。
 そして、彼は勝利を掴むまで諦めなかった。
 そうして、今ロイの目の前に、姿を顕したのだから。
 しがみ付いて鳴声を上げ始めたエドワードを片手に、そして空けた方の片手で、
 隣に立つアルフォンスも抱きしめてやる。
 そして、わんわんと産声を上げている二人を、長い時間、気の済むまで泣かせてやり、褒め称えてやった。
 扉からは、待ちきれないメンバー達が顔を覗かせては、微笑ましい光景に、笑みを溢れさせていく。


 漸く子供たちが落ち着いたのは、それから随分と時間が経ってからだ。
 いつも時間に厳しい副官も、今日は祝いの大判振るまいと、二人が泣いている間に、
 さっさと仕事を切り上げて、終わらせてくれている。  そして、司令部ではなんだと、場所を変えて、
 今は皆して、ロイの官舎へと移動してやってきた。
 行き道、それぞれ分担したのか、ロイの家にと食料や酒が持ち込まれていく。
 エドワードとアルフォンスが、皆に礼を返したいと言い募るから、主役が腕を振るっての宴会となった。
「で、アルフォンス君の姿は判るとして、君は…一体、何の変装のつもりなんだ?」
 ロイの疑問は、もっともの事だ。 生身に戻っているインパクトが大き過ぎて、
 思わず聞きそびれてはいたが、エドワードはトレードマークになっている金髪を短くして、
 色も随分と茶色ぽく変えられている。 対価として支払わされてではない事は、
 練成術の跡が判るロイには見て取れていたが、それが何故かまでは怪訝に思うのは当然だろう。
「変装ってか、…やっぱ、拙いだろ? 俺が一緒に連れ歩いてれば、アルフォンスの姿に、
 変に思う奴もいるかも知んないしさ。
 で、なるべく鋼の錬金術師と判らない様にした方が、いいと思って」
 その言葉に、浮かれていたメンバー達も、頭を抱える。
 二人や、自分たちには祝い事だったとしても、それは世間一般では、禁忌に入る事柄なのだ。
 エドワード達の配慮は、行って当然のことだったのに、怠るにも程があったとしか言いようが無い。
「確かに、その通りだが…、それ程神経を尖らせる事もないだろう?」
 そのロイの言葉の指す意味は、皆にも判った。
 エドワード達は、悲願を達成させたのだから、軍を抜ける事になるわけだ。
 軍を抜けて行く者等、数数多居る。 いちいち、関わって拘る程、軍の世界は暇では無い。
 暫く大人しくしていれば、自然と消えて、興味も抱かれなくなるだろう。
 そうロイは告げているのだ。 
 勿論、それは一方の考えでもある。 そう終わらせない輩がいるのも、また一方なのだから…。
 が、そこら辺は、抜かりなく整えてやるつもりだ。
 苦労に苦労を重ねて、やっと掴んだ彼らの未来を、汚い思惑で潰させるような事には、決してさせない気だ。
 そんな風に考えていたから、安心させるように伝えたつもりだったのだが、
 兄弟は妙に改まった表情で、互いに窺い合っている。
「なんだ? 何か心配事でも?」
 もしかしたら、既に妙な輩にでも目を付けられたのだろうか?
 そんな心配を抱えながら、訊ねてみる。
 そんなロイの表情を見て決心をしたのか、代表してエドワードが口を開いて告げてきた。
「大佐、皆。 俺、軍は抜けないつもりなんだ」
 その言葉に、瞬間部屋の中に沈黙が舞い落ちる。
「抜けない? また、どうしてだ! 今抜けなくてはならない事は、君らには判っているだろう?」
 詰問するような厳しい口調になったロイの言葉にも、二人は表情を変える事もなく見返してくる。
「判ってる、それでも俺らはこれで去ったりはしない!」
 強く言い放つエドワードの言葉に、周りで聞いていたメンバーも唖然としている。
「大佐、皆さん。 僕達、今まで皆さんに助けてもらって、漸く願いが叶えられました。
 だから今度は、皆さんたちの力に、少しでもなりたいんです!」
 必死の様子で訴えてくるアルフォンスの姿には、強い意志が漲っている。
「アルフォンス君…、で、でも…」
 表情を曇らせ、ホークアイが困ったように二人の様子を見つめている。
 最初の驚きから覚めたロイが、滅多に見ないほどの厳しい表情で、二人を睨みつけてくる。
「自惚れるな。 お前らごときの子供に、我々のやろうとしている事で、手伝えるような事はない」
 冷たい侮蔑の叱責にも、二人は怯む様子をみせない。
「判ってる! 俺らが子供なのは、俺ら自身が一番判ってる。
 だからこそ、俺らしか出来ないことを、やっていくつもりだ」
 毅然としたエドワードの態度にも、ロイは表情を変えない

 エドワードの能力は、多分、ロイが一番理解しており、本当なら喉から手が出るほど、欲しい人材なのだ。
 が、それを認めてしまえば、彼の今までの苦労が、運が悪ければ消え果る状況も出てこないとは
 言い切れないのだ。 そんな思いを、この二人にさせようとは、絶対に思わない。
「駄目だ! 必要ない。 君らはさっさと、暫くどこかに姿を隠していろ。 ほとぼりが冷める頃には、
 君らの事を気にするような奇特な人間も、いなくなるだろう」
「「大佐!!」」
 抗議のように上げられた声にも、ロイは厳しく、頑なな表情を解かないままだ。
 険悪なムードが満ち溢れる室内では、先ほどから双方の遣り取りを、はらはらとしながら
 見つめているメンバーの表情が見える。
「大将、アル。 お前らの気持ちはありがたいが、ここからは大人の世界のことなんだ。
 大佐の言う事を聞いて、大人しく去れよ…なっ?」
「そうよ、折角願いを叶えたのよ? それを棒に振るような、愚かな事は慎むべきよ」
「そうしろよ、エド、アル」
「そうですよ、気持ちだけで十分、僕らは嬉しいんですから」
「無理は禁物です」
 口々に語られる、宥めの言葉を聞きながら、エドワードもアルフォンスも苦笑を交し合う。
『どこまでも、優しい人たちだ』と…。

 エドワードが降参とばかりに手を上げて、アルフォンスの方を向き直って話しかける。
「なっ? アル、俺が言った通りだろ?」
「うん、本当だね」
 兄弟二人だけが分かり合ってるような会話を聞いていた周りは、どうやら納得してくれそうだと、
 胸を撫で下ろす。
「だーかーら、言わなくて良いっていったのに」
「でも、こういう事は、ちゃんと筋を立てないと…」
「それは、話の解る奴だけで良いんだよ。 頭固いおっさんに、何言っても無駄、無駄」
 ケラケラと笑いながら言われたセリフに、ロイの眉がピクリと上がるが、沈黙を守って、二人が引くのを待つ。
「と言う事で。 これからも、宜しくな!」
「すみません。 出来るだけ、ご迷惑はかけないように、頑張りますから」
 あっけらかんと言い切る兄に、恐縮して伝えてくる弟。
 それ以上に、その言葉に、呆気に取られ、続いて、腹ただしさが湧き起こる。
「鋼の!!」
 怒鳴り声に近い声量の呼びかけにも、エドワードはケロッとしたままだ。
「止めない。 俺らは、そう決めたんだ。 あんたの野望に手が届くのを見てみたい。
 だから、俺らは俺らに出来ることで、あんたを押し上げて行くつもりだ」
 そう告げて笑う表情が、余りにも真っ直ぐに、曇り一つなかったから、
 次に怒鳴ろうとした言葉が上げれずに、見惚れてしまう。
「ちなみに、あんたの制止は効かないぜ?
 俺は、総督府直轄の人間だから、上司は現在不在の総統だけだしな」
 
 だから、早く上に立て…と。
 俺を辞めさせたいなら、指示が出来る立場に成れ…と。

 そうエドワードは、真っ直ぐに相手の目を見ながら、言葉に出さずに声援を送る。
 暫く睨み合う様に、視線を外さないまま数瞬の時間が流れていく。
 そして、呆れたように、諦めたように大きな吐息を付いて、視線を伏せたのは、ロイの方だった。
「全く、君は…。 上司使いが荒すぎると、いつも言ってるだろうが」
 嘆息と共に告げられた言葉に、エドワードは満面の笑みを弟と浮かべる。
「じゃぁ!?」
 嬉しそうに訊ねてくる相手に、釘を刺しておく事は忘れない。
「仕方ないだろう…、今の私の立場では、君を止める権力もないしな。 が、これだけは言っておくぞ。
 足手まといになるようなら、見捨てて放り出してやるからな」
 そう嘯く言葉に、エドワードが胸を張って言い返す。
「おう! 見とけよ」
 そんなエドワードの態度に、苦笑を漏らして、小さな同胞の頭に手の平を乗せる。
「君には負けるよ。 が、余り無茶はしてくれるなよ」
 そう願いを呟くと、クシャクシャと短くなった髪をかき混ぜてやる。
 そんなロイの言動に、くすぐったいのか、目を細めてエドワードが小さく哂う。
「わかってるよ…」と、小さく返しながら。





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